海外勤務とメンタルヘルス10
6.習慣
「そんなの当たり前」?──海外生活で出会う「習慣」の違い
海外生活を始めると、最初は言葉や食事の違いばかりに目が向きます。しかし、実際に生活を続けていると、じわじわと心に影響を与えるのは、もっと些細で身近な「習慣」の違いかもしれません。まずは、私の体験からお話ししましょう。
容赦のない暑さが続く昨今の夏。皆さんは、普段日傘をさしますか?この暑さを少しでも和らげるため、いや、それはかなわなくとも、せめて日差しを避けるため、日傘をさす方は少なくないと思います。最近は女性だけでなく、日傘をさしている男性も見かけるようになりました。

今年はヨーロッパでも猛烈な酷暑が続いている。こう聞いて、夏にイタリアに行くことになった私は、スーツケースに当然のごとく日傘を入れました。そして現地についてから、時差ボケもなんのその、日傘を片手に街に揚々と繰り出したわけです。ところが…。
だれも日傘をさしていない。
本当にいないのですよ。お天道様が真上からギラギラ照り付けていても、です。日光や紫外線を遮るものは、せいぜい帽子くらいで、それすらあまりしている人がいません。(ちなみに、眼の色が薄い方が多いからか、サングラスをしている人は多かったです)
それでも、日傘の合理性を考えると、ここはあえて現地の人に合わせることはないのではないか。相変わらず日傘を握りしめる私に、ヨーロッパ在住の息子がひと言。「傘なんかさしてたら、遠くからでも旅行者ってわかるじゃん。却って危ないって」

息子は、日傘が目立つことで、私がスリなどの被害にあわないか心配していたのです。なるほど、それも一理ある。ということで、この旅行中、日傘はあきらめることにしました。でも、結果として直射日光と暑さで、かなり体力を消耗してしまった次第です。
「当たり前」の違い、もう一つ例を挙げておきましょう。
水は無料とは限らない
日本では、飲食店で水が無料で提供されることが一般的です。しかし、ヨーロッパ諸国では、水も注文する飲み物の一つ。
外を歩き回ってようやくレストランに入っても、自動で飲み物など出てきません。からからに乾いた喉をうるおしたくて、メニューをみれば、「水(=ミネラルウォーター)だけで数百円もする!?」はあ~と、大きなため息が…。(ちなみに、注文した水が出てきても、生ぬるかったりします。ため息、再び。)

日傘をさすかどうか、水にお金を払うかどうか。
どちらが正しいという話ではなく、それぞれの社会が積み重ねてきた習慣なのです。とは言え、そんな小さな驚きでも、毎日のように続くと、心に何かが澱のように積もっていきます。
心を守るためにできること
習慣の違いに疲れたときは、「なぜこの国ではこうなっているのだろう」と背景を考えてみるのも一法です。それは、疲労している心を一旦休ませ、俯瞰的な視点を持つということでもあります。背景を調べたり、推測したりすることで、「違い」が「理解」に変わり、気持ちが少し楽になる…かもしれません。いつもうまくいくわけではありませんが、試してみる価値はあるでしょう。
また、「周りに合わせなければ」と無理をしすぎないことも大切です。時と場合によっては、日傘を差しちゃっていいのです。
現地の文化を尊重しながらも、しなやかにしたたかに振る舞いましょう。
適応とは、自分を消すことではない
海外生活では、新しい文化を受け入れる柔軟さが求められます。
一方で、自分にとって大切な習慣まで無理に変えようとすると、心は少しずつ疲れてしまいます。大切なのは、「現地に合わせること」と「自分を大切にすること」のバランスを見つけること。

海外生活を続けるうちに、その加減が少しずつ分かってきます。つまり、時間もあなたの味方です。習慣の違いに戸惑うことは、異文化に向き合っている証拠です。
「ところ変われば品変わる」とリアルに思える感性は、海外で暮らした人だからこそ持てる財産、はたまた蘊蓄となり、人生に深みと彩りを持たせてくれることでしょう。
渡航者医療センター 松永優子



